社史
原点
1999年6月1日、幡野が代表となり、吉村、中川を加えた3人で個人事業「ベストプランニング」を創業しました。
独立・創業における私の考えは、至ってシンプルでした。営業経験とマーケティングを学んで来た企画屋である私と、現場を良く理解したデザイナーの吉村。やはり多くの現場を経験して来た、SE(システムエンジニア)の中川との3人でスタートしました。企画屋である私の考えを絵にするデザイナーと、現在は欠くことのできないSEが、先ずは各々の得意の分野で仕事を取って行こうと考えたのです。とにかく仕組みはシンプルにし、出来る限り効率の良い仕事をして行くことが当初のコンセプトでした。バブルが弾け、長引く不況の中独立した私を見て「こんな時に何を考えているのか・・・」と言われる方も多くいましたが、逆にこのような環境の中で続けて行くことが出来れば、景気が回復傾向になれば自然に業績も伸びて行くだろうと考えました。 創業メンバー紹介
ここで、役員でもある創業メンバーの吉村と中川を紹介します。 吉村とは、私が最初の会社に在職中に出会いました。当時、希望が叶い営業部からマーケティング部に転属して1年が過ぎようとしていた頃、飛び込みで営業と一緒に売り込みに来たのが最初の出会いでした。 若気の至りといいますか、大きな根拠もなく自信たっぷりに自分のデザインを売り込む姿に、当時の私は大変な新鮮さと彼の漲るパワーを感じ付き合いが始まりました。 手前味噌になりますが、彼はとにかく研究熱心で当時は西武系ショッピングセンターの「パルコ」や駅構内の大型看板(ポスター)等の演出を得意としており、その手法や効果率にこだわり続けカタログ一枚からショッピングセンターの吹き抜け用大型ディスプレイ等、あらゆる販促媒体に対し一般とは違った視点からのデザイン及び製作を行っていた数少ないアートディレクターであると思っております。
中川とは、前職で5年間ほど一緒に仕事をしました。当時は日々ぶつかり合う時間が多かったことを覚えています。従業員は160名を超えていましたが、正社員は10名ほどの小さな会社であり、御多分に洩れずオーナー企業の最たるところで、社長の思いつきを全スタッフが形にするという会社でした。その中にあって、唯一自分が納得出来ない仕事に対しては断固反対し社長と論争していたのは正しく彼女でした。立場上、社長派である私とも常にぶつかっていましたが、一旦納得すると相当厳しい内容でも黙々とスケジュールを守り仕事をこなす姿を見て、いつか自分で会社を興した時は一緒に仕事をしたいと思っていたのです。 最初の山
さて、独立しての最初の仕事は錦糸町の駅前に立地し当時は色々な意味で話題になっていました「錦糸町そごう」専門店街の「アルカプラザ」に出店していたテナント30店舗の総合販促を承りました。オープン当初は電通さんが仕切っていましたが、通常の百貨店販促と異なりテナントをまとめながら行う独特な販促方法を望むテナント管理部に対し、電通さんは対応が難しかったようで2年目からは当社が担当させていただくことになりました。
前職が小売・サービス業であり、テナントとしてSCへと出店していたノウハウが生きる形になりました。アルカプラザでの業務は、年間の販促計画立案から始まり、テナント会議の仕切り、実務としての販促全般を行い、本当に多くの勉強をさせていただきましたが、残念ながら周知の通り2000年に事実上の倒産、民事再生法の適用により錦糸町そごうは一旦店舗を閉鎖しました。現在は、三井不動産が運営するアルカキットとして復活をしています。 その頃には当社スタッフも6名になっており、大きな柱を失った事で狼狽し今後の展開に大きな不安を抱いた時期もありましたが、どうにか乗り切ることが出来ました。 そして、今・・
しかし、アルカプラザの仕事を行う中で生まれた物があります。それが「電子抽選システム」です。アルカプラザの販促担当者と常に求めていたのが「ガラガラに代わる楽しくて運営しやすい抽選機」でした。ショッピングセンターをはじめ、週末を中心にお客様を集めている業種の重要な販促のひとつに「抽選会」があります。一般販促と比較すると総経費率は高いのですが、主婦を中心とした顧客に向けて行う販促としては外すことが出来ない集客率の高い販促アイテムであり、小売・サービス業においては「実施はしたいが費用対効果を考えると思うように出来ない」というのが販促担当者の本音なのです。 未だに「ガラガラ」と呼ばれる簡易型の抽選機が主体の市場を考えてみますと、幾つかの想定が出来ます。手軽さではナンバーワンでしょうから、中小の商店街が気楽に行うレベルの抽選会であれば不満無く運営出来るでしょうが、お客様が一時的に集中するような大型のショッピングセンターが「ガラガラ」を使用して運営する場合には幾つかの大きなリスクを抱えることになります。 実際に運営してみますと良くわかるのですが、特に各種の設定(開催日数対当選本数、日別当選レベル数、終了後の残数確認、等)の大変さは言葉では表現出来ない程です。ですので、アルカプラザの販促担当者も「ガラポンに代わる楽しくて運営しやすい抽選機」が作れないだろうかと日々考えていました。 1999年の秋、幕張メッセで行われていたゲームショーで運命の出会いが待っていました。楽しくて運営しやすい抽選機のヒントになるものがないだろうかと、大きな期待もせずに行ったゲームショーに世界初セガ・ドリームキャストを使用したインターネットパチンコゲーム「ネッパチ」を出展していました、名古屋の優良企業ダイコク電機の柏森秀行副社長(当時は専務)と出会い、思い切って相談したところ開発支援了承の回答をいただいたのでした。それからは、幾度か名古屋へ伺い基本プランを伝えました。実際のプログラムを作成してくれたのはファルコンというゲームソフト開発に強いダイコク電機のブレーンである会社の社長と専務でした。更に、柏森副社長は開発資金面での支援のために、ネッパチの景品探しと送付及び当選者管理の仕事を出してくれたのでした。今でも感謝の一言に尽きます。 10月にスタートしたシステム開発は、ファルコンさんの尽力により異例の速さで進み12月の頭にはベータ版が完成しました。その後、現場テストも含め幾つかの修正を行い2000年2月に幕張メッセで行われた「パチンコ・パチスロ産業フェアー」のダイコク電機ブースに参考出品として展示し、来場者へのプレゼント抽選機として使用しました。予想を遥かに超える反響に、少なくてもパチンコ業界には間違いなくニーズがあることを確証しました。この展示会出品に合せ、柏森副社長のアドバイスもありビジネスモデル特許を申請し受理されたのでした。 その後、レベルアップのためのニーズ調査を行うために、導入先を想定し業種別にターゲットを選定。特にニーズが多いと思われました「ショッピングセンター、カーディーラー、住宅展示場、ホテル」の4業種の本社及び基幹店舗等をピックアップし、関東地区に絞り込んだターゲットアプローチマップを作成しました。ABC分析を行った後3人で手分けし、3ヶ月掛けてAランクとBランクは全てアプローチし、Cランクは約1/3回りました。結果からいえば、ほぼ 100%に近い優良反応が得られニーズの確信を持ちました。私達が考えている機能を持たすことが出来れば必ず売れる! しかし、残念ながら2000年当時のインターネットのインフラ状況はISDNがようやく確立されようとしていたレベルであり、私達が考えていたようなビジュアルデータ等をインターネットを介して導入先に提供するということは非常に困難でした。加えて、12インチ以上のモニターサイズを持ち画面上でコントロール可能な端末を求めましたが、それも当時は入手することができませんでした。 2000年の夏には、私達が望む機能を持った「電子抽選システム」の完成は物理的に困難であると判明し、開発に力を入れることを一旦停止しましたが、普段から小売・サービス業の販促サポートを行っていましたので、常々クライアントには「こんな機能のシステムが有ったらどうですか?」と問い掛けを続けることでニーズ調査を繰り返し行って来ました。 そして現在、以前の「電子抽選システム」から大きく進化し、小売・サービス業向けの販促支援システム「CATSS/キャッツ= Customer Acceleration Total Support System」として生まれ変わり、ようやく形になりそうなところまで来ました。インターネット網のレベルアップに併せ、私達が望んでいました機能を搭載した端末機器が比較的手に入りやすい価格になって来たのです。2006年秋口より再始動し、水面下でシステムの再構築を進めて来ました。不思議なことに、再始動した途端に多様なブレーンの方々も現れて来ています。 2007年夏にはタカハタ電子さん及加賀電子さんと出会い多様なアドバイスをいただくことができました。2008年1月、加賀電子グループの加賀クリエイトさんにご協力をいただき、日本ショッピングセンター協会主催のビジネスフェアに出展することができました。加賀クリエイトさんとは、そこでの反応を含めCATSSビジネス成功の可能性を感じていただき、2008年4月加賀クリエイトさんと正式に協業ビジネスの契約を結び、システム開発の資金及び営業支援を受けることになりました。ビジネスモデル特許の再申請を行いつつシステム構築の最終レベルに達しています。小売・サービス業の方々に、本当に喜んでいただけるシステムを作り上げたいと思っております。 乞うご期待! |